高松地方裁判所 昭和58年(ヨ)64号 判決 1986年7月29日
債権者 朝日町C地区連絡協議会 ほか一八名
債務者 高松市
代理人 武田正彦 曽根田一雄 徳弘至孝 ほか六名
主文
一 本件申請をいずれも却下する。
二 申請費用は債権者らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債務者は、高松市朝日町五丁目五四七番の土地及びその東方の同五四九番の土地付近に設置しているし尿処分中継所(し尿貯留槽、し尿中間処理設備、し尿運搬船積込荷役桟橋等の設備を含む。以下「本件中継所」という。)の操業を停止し、その全設備を撤去しなければならない。
2 申請費用は債務者の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 (当事者)
(一)(1) 債権者朝日町C地区連絡協議会(以下「債権者C地区協議会」という。)は、高松市朝日町C地区(同町五丁目のうち、住居表示一、二、三番の部分を除くその余の部分を指す。以下「C地区」という。)の埋立地に進出する企業等により、同地区の利用開発、環境の整備をめぐる諸問題について会員企業を代表すること及び会員相互間の連絡調整を図ることを目的として、昭和四六年三月八日結成された自治会組織で、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定しており、民訴法四六条にいわゆる「法人に非ざる社団にして代表者の定めあるもの」である。
(2) 別表(一)所有土地等一覧表の番号1ないし3、5ないし7、12ないし14及び18の欄に記載の各債権者は、同表の「取得等の時期」欄記載の日に、C地区所在の同表「土地」欄記載の土地を取得し、以後その地上に同表「建物」欄記載の建物を設置所有して、これらの土地建物を事業の用に供しており、また、同表の「加入時期」欄記載の時期以降、債権者C地区協議会の会員となつている。
(3) 同表の番号4の欄に記載の債権者は、その「加入時期」欄記載の日以降、債権者C地区協議会の会員となつている。
(4) 同表の番号8、10、11及び16の欄に記載の各債権者は、同表の「取得等の時期」欄記載の時期以降、C地区所在の同表「土地」欄記載の土地を、その所有者である香川県から借り受けて占有し、その地上に同表「建物」欄記載の建物を設置所有して(ただし、番号8欄記載の債権者については、関西汽船株式会社との共有である。)、これらの土地建物を事業の用に供しており、また、同表の「加入時期」欄記載の時期以降、債権者C地区協議会の会員となつている。
(5) 同表の番号9の欄に記載の債権者は、同表番号8の欄に記載の建物の一部を占有使用して事業を行つており、また、その「加入時期」欄記載の時期以降、債権者C地区協議会の会員となつている。
(6) 同表の番号15の欄に記載の債権者は、同表の「取得等の時期」欄記載の日に、C地区に隣接して存在する土地である同表「土地」欄記載の土地を取得し、以後その地上に同表「建物」欄記載の建物を設置所有して、これらの土地建物をその事業の用に供しており、また、その「加入時期」欄記載の時期以降、債権者C地区協議会の会員となつている。
(7) 同表の番号17の欄に記載の債権者は、C地区所在の同表「土地」欄記載の土地及びその地上に存在する同表「建物」欄記載の建物を、その所有者である高松酸素株式会社から借り受け占有して事業を行つており、また、同表の「加入時期」欄記載の時期以降、債権者C地区協議会の会員となつている。
(二) 債務者は、昭和四八年三月ころ本件中継所を完成させ、同年四月以降これを操業して現在に至つている。
2 (被保全権利)
(一) 土地建物の所有権・占有権に基づく妨害排除請求権としての操業中止・施設撤去請求権
(1) 債権者C地区協議会及び同高松港トラツク協同組合を除くその余の債権者らは、右1(一)記載のとおり、C地区又はその付近に存在する土地建物を所有又は占有して事業活動を行つているところ、これらの土地建物は、いずれも本件中継所から約六五〇メートル以内の至近距離にある。
(2) C地区は、悪臭防止法三条、四条一、二号に基づき工場その他の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭物質の排出(漏出を含む。)を規制する地域並びに規制地域における悪臭物質の規制基準を定める香川県告示昭和四八年第四二四号(昭和四八年七月一日施行、香川県昭和五二年三月三日告示により一部改正)により、C区域と指定されており、C区域については、し尿処理場から発生する悪臭物質のアンモニア、メチルメルカブタン、硫化水素、硫化メチル、トリメチルアミン及び二硫化メチルにつき、敷地境界線における基準としてそれぞれ五PPM、〇・〇一〇PPM、〇・二〇PPM、〇・二〇PPM、〇・〇七〇PPM及び〇・一PPMの値が定められている。ところで、これらの値は、別表(二)六段階臭気強度表示の三・五(三の「楽に感知できるにおい」と、四の「強いにおい」の中間)に相当するものである。
(3) ところが、本件中継所の操業が開始されてから、C地区の各所及びその付近において、し尿と分る強烈なにおいがしばしば感知されるようになり、それが現在に至るまで続いている。この本件中継所の悪臭は、前記強度表示の三・五以上に当たり、C地区及びその付近に土地建物を所有し又は占有する債権者らは、本件中継所の操業により、受忍限度を超える悪臭被害を受けている。
(4) 現に、C地区及びその付近に土地を所有する債権者らは、本件中継所が存在することにより、その所有土地の価格が著しく低下するという被害も受けている。
(5) したがつて、債権者C地区協議会及び同高松港トラツク協同組合を除くその余の債権者らは、債務者に対し、前記各土地建物の所有権又は占有権による妨害排除請求権に基づき、本件中継所の操業中止、その撤去を求める権利を有する。
(二) 念書(契約)に基づく操業中止・施設撤去請求権
(1) 債権者C地区協議会及び別表(一)所有土地等一覧表の番号1ないし4、6ないし8及び10ないし12の欄に記載の各債権者は、昭和四六年一一月二四日本件中継所の建設計画があることを確知したので、同年一二月、債務者に対し、右建設計画に反対する意思を表明した。その後双方当事者間で協議が行われた結果、昭和四七年一一月一八日に至り、債務者代表者市長から債権者C地区協議会会長あてに、別紙のおりの念書(以下「本件念書」という。)が差し入れられた。
(2) 本件念書の内容は、第一に、その前段で、「債務者においては、関係政令の改正により、し尿につき昭和四八年四月一日以降はこれを外洋投棄処分せざるをえなくなつたので、C地区内に中継所を設け、積換基地とするが、これは暫定的措置である」ことを確認し、第二に、その中段で、「債務者においては、昭和四七年六月公布の廃棄物処理施設整備緊急措置法の趣旨にのつとり、三年を目途に陸上処理施設を建設する計画であり、中継所施設の使用は、それまでの期間に限る」ことを約束するというものである。これを要するに、債務者は、本件念書をもつて、昭和五〇年六月までに本件中継所の使用を廃止し、これを撤去する旨確約したものである。
(3) したがつて、債権者C地区協議会は、債務者に対し、本件念書(契約)に基づき、本件中継所の操業中止、その撤去を求める権利を有する。
(4) また、本件念書は、債権者C地区協議会を除くその余の債権者らの代理人としての債権者C地区協議会会長と、債務者との間に取り交されたものでもあるので、債権者C地区協議会を除くその余の債権者らも、債務者に対し、右(3)と同様の権利を有する。
仮に、そうでないとしても、債権者C地区協議会と債務者間の本件念書による契約は、その契約から生ずる本件中継所の操業中止・撤去請求権をC地区への進出企業等に直接帰属させる契約、すなわち、第三者のためにする契約でもあるところ、債権者C地区協議会を除くその余の債権者らは、債務者に対し、昭和五八年九月六日の本件口頭弁論期日において、受益の意思表示をしたので、右(3)と同様の権利を有する。
(5) なお、本件念書が、単なる行政上の努力目標を述べたにとどまるものではなく、契約として法的拘束力を有するものと解されるべき根拠は、次のとおりである。
(ア) 本件念書は、C地区の埋立造成事業につき香川県とともにその費用を平分負担し、したがつて、その造成分譲地の売却についても実質的に売主としての責任を負うべき地位にあつた債務者に対し、右分譲地を買い受け取得した債権者らが、公害発生を理由として本件中継所の建設には反対する旨の合理的な申入れをしたのを受けて、双方当事者が相当期間にわたる交渉を行つた結果として作成されたものである。
(イ) 債務者が従来使用していたし尿の海洋投棄のための積替え場所につき、地元から嫌忌されたため、二度も移転せざるをえなかつたという経緯があつたこと、そうして、本件中継所についても、債権者らがその建設に反対する意思を表明していたこと、これに対して、債務者としては、し尿全部の陸上処理施設建設計画を有しており、その完成の暁には、し尿の外洋投棄のための本件中継所はその存続の必要性が全く失われるという状況にあつたこと等に照らすと、債務者は、本件念書作成当時、本件中継所は早暁撤去しなければならないし、また、撤去することが可能であると考えていたものと優に推認することができる。
(ウ) 債務者は、昭和五二年一二月ころ、債権者らに対し、本件念書に代わるべき協定書案を提示したが、その案文中には、昭和五五年一〇月三一日までに本件中継所を撤去する旨が明記されていた。また、債務者は、昭和五七年四月一九日付文書をもつて、債権者らに対し、債務者の本件中継所使用継続が本件念書における「約束」に「違背」することを認めて陳謝した。これらの事実によれば、債務者自身が最近に至るまで、本件念書に法的拘束力があること、すなわち、本件念書により債務者が一定時期までに本件中継所を撤去すべき義務を負つたことを自認していたことが明らかである。
3 (保全の必要性)
(一) 債権者らは、本件中継所の操業により、受忍限度を超える悪臭等の被害に日々悩まされている。
(二) 一方、本件の被保全権利、特に念書(契約)に基づく権利については、債務者もその存在並びに権利性を、その書簡等において何ら異議をとどめることなく認めており、債権者らは、債務者の任意の履行を、右のような環境悪化にも耐えつつ、忍び難きを忍んで期待してきたものである。しかるに、債務者は、その履行を引き延ばせるだけ引き延ばしたあげく、昭和五七年三月五日に至つて、債権者らに対し、本件念書に言及されている陸上処理施設として、高松市亀水町(以下「亀水地区」という。)所在の衛生処理センター(以下「センター」という。)を増設し、し尿の海洋投棄処分はしないことにするが、し尿を本件中継所を経由してセンターまで海上輸送することにするので、右目的のために本件中継所を永久に使用したい旨の申入れをなし、債権者らの本件念書上の権利を全面的に否定するという著しく背信的な行動に出るに至つている。
(三) なお、事態を放置しておくときは、債務者において、本件中継所の存続を前提にセンター増設工事を完了してしまいかねず、そうなると、将来債権者らが提起する本訴において本件中継所の撤去が命じられた場合、債務者が莫大な損害を被る可能性があるが、いまだ右増設工事の完了していない現在においては、本件申請が認容されたとしても債務者に大した被害は生じないものである。
(四) 以上の諸点を考慮すると、本案勝訴判決を得るに先立ち、申請の趣旨記載の仮処分を得ておく必要性が大きい。
二 申請の理由に対する認否等
(認否)
1(一) 申請の理由1の(一)について
(1) その(1)の事実中、債権者C地区協議会が、債権者ら主張の者により、その主張の目的で主張の日に結成された自治会組織であることは認めるが、その余は知らない。
(2) 同(2)の事実中、別表(一)所有土地等一覧表の番号5の欄に記載の債権者を除く各債権者が、それぞれ主張の日に各主張の土地を取得したことは認めるが、その余は知らない。ただし、右の番号5の欄に記載の債権者が、その主張の土地を現存所有していることは認める。
(3) 同(3)の事実は知らない。
(4) 同(4)の事実中、各債権者がそれぞれ主張の時期以降、各主張の土地を各主張の者から借り受け占有していることは認めるが、その余は知らない。
(5) 同(5)の事実は知らない。
(6) 同(6)の事実中、冒頭から「土地を取得し」までの部分は認めるが、その余は知らない。
(7) 同(7)の事実は知らない。
(二) 申請の理由1の(二)の事実は、認める。
2(一) 申請の理由2の(一)について
(1) その(1)の事実中、各債権者が申請の理由1の(一)に記載のとおり土地建物を所有又は占有して事業活動を行つているとの点についての認否は、申請の理由1の(一)に対する認否と同じである。その余の事実は認める。
(2) 同(2)の事実は認める。
(3) 同(3)及び(4)の各事実は否認し、(5)の主張は争う。
(二) 申請の理由2の(二)について
(1) その(1)の事実を認める。
(2) 同(2)の事実は否認する。
(3) 同(3)の主張は争う。
(4) 同(4)の事実中、債権者C地区協議会を除くその余の債権者らが、その主張の期日に受益の意思表示をしたことは認めるが、その余は認めない。
(5) 同(5)については争う。
3 申請の理由3について
(一) その(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実中、債務者が昭和五七年三月五日債権者らに対し主張のような申入れをしたことは認めるが、その余は否認する。
(三) 同(三)の事実中、現在においては本件申請が認容されたとしても債務者に大した被害は生じないとの点は否認し、その余は認める。
(四) 同(四)の主張は争う。
(否認の理由)
1 申請の理由2の(一)(土地建物の所有権・占有権に基づく妨害排除請求権としての操業中止・施設撤去請求権)について
債務者が本件中継所を操業していることにより、債権者らに対し、受忍限度を超える悪臭被害を及ぼしている事実はない。
このことは、香川県公害研究センターが昭和五八年一月一三日本件中継所において悪臭物質を測定したところ、本件中継所の敷地境界線において、各悪臭物質がいずれも検出限界以下であつた事実及び右公害研究センターが昭和五八年八月五日本件中継所において測定した悪臭物質の測定結果によつても、脱臭装置入口(悪臭が吸引されているパイプの内部)以外の三か所での各物質の濃度は、C区域の規制基準に対し、アンモニアで一〇分の一以下、メチルメルカブタンで一一分の一以下、硫化水素で四五分の一以下、硫化メチルで三三三分の一以下、トリメチルアミンで二三分の一以下、二硫化メチルで三三三分の一以下であつた事実からも、明白なところである。
2 申請の理由2の(二)(本件念書に基づく操業中止・施設撤去請求権)について
本件念書は、債務者に法的義務を負担させるような趣旨のものではなく、単に、債務者がその行政上の努力目標を述べたものにすぎない。
このことは、次の諸点からも明らかである。
(一) 仮に、債権者らの主張するように、債務者が本件念書により本件中継所の使用中止及びその撤去を約束したのであれば、後日解釈上の疑問が生じることのないように、明文上「撤去」等の文言を記載して、その義務内容を確定させておくのが当然であるところ、本件念書には、本件中継所を廃止し又は撤去するというような文言の記載は一切ないのであつて、このような本件念書の記載内容自体からしても、債務者が右撤去等を約束していないことが明白である。
(二) 本件念書作成当時、本件中継所の機能を代替しうる陸上処理施設建設の具体的計画は全くなく、三年後にこれを建設しうるとの確証は何ら存しなかつた(なお、亀水地区所在のセンターは昭和四三年に操業を開始したものであるが、これに先立ち、昭和四一年高松地方裁判所で亀水地区住民の一部と債務者との間で成立した調停の条項中に、センターへは大型専用輸送車でし尿を輸送しなければならないとの条項があり、本件中継所の機能としては、右条項を守るために、し尿を収集車から大型専用輸送車に積み替える基地としての機能もあつたので、本件中継所の機能を代替しうる陸上処理施設を建設するには、亀水地区以外のところに建設する必要があつた。)。かかる状況の下で、三年後に本件中継所の撤去等をなす旨約束するということは、廃棄物の処理という重大な行政上の責務を負う地方公共団体たる債務者が自ら右責務を放棄するに等しいものであつて、このような本件念書作成当時の客観情勢からしても、債務者が右撤去等を約束するというようなことは、到底ありえなかつたものである。
(三) 本件念書の内容につき、債務者代表者市長以下のし尿処理事務担当者が会議を開く等して協議した事実はない。また、本件念書の作成及び決裁の手続は極めて簡単に行われている。これらの事実も、本件念書が債務者に法的義務を負担させるようなものではなく、むしろ、行政上の努力目標を内容とするものであつたことを示している。
(四) C地区には、債権者らが同地区へ進出し始めたのよりも前から、し尿処理中継所が存在していたから、その周辺に自らの意思で進出してきた債権者らとしては、もともとある程度の悪臭被害があることを予測していたはずであつて、このような立場にある債権者らに対して、債務者が本件中継所の撤去等を法的義務として負担する旨の約束をするというようなことは、到底ありえない。
(5) なお、債務者としては、本件念書に法的拘束力があることを認めたことは一切なく、逆に、本件念書は行政上の努力目標を示したものにすぎないとの立場を終始一貫してとり続けているものであつて、債権者らの主張する昭和五七年四月一九日付文書中の記載も、単に右努力目標不達成についてのお詫びをしたものにすぎない。また、債権者らは、債務者が本件念書に代わるべき協定書案として、本件中継所の撤去期限を定める条項を含む案を提示した旨主張するが、右条項には、期限までに撤去ができないときは協議の上で期限を延長できるものとする旨の但書が存していたのであつて、右撤去が行政上の努力目標を示すものとして捉えられていたことには、何ら変りがないのである。
三 抗弁
1 (公序良俗違反)
仮に、債務者が、本件念書により本件中継所の操業中止及びその撤去を約束したものとすれば、それは、次に述べるとおり公序良俗に反する契約であるから、民法九〇条により無効である。
すなわち、廃棄物の処理に関する事業の実施が市町村の責務であることは明らかであるところ(廃棄物の処理及び清掃に関する法律四条一項、六条二項参照)、本件念書作成当時、三年後に本件中継所の機能を代替しうる陸上処理施設を建設できる確証は全くなかつたのであるから、そのようなときに、三年後に本件中継所の撤去等を法的義務として負う約束をすることは、明らかに右法条の趣旨にもとるものであり、公序良俗に違反する。
2 (権利濫用)
仮に、債権者らが本件念書により、本件中継所の操業中止・撤去請求権を取得したとしても、以下に述べる諸点に照らせば、右請求権に基づく本件申請は、権利の濫用に該当し、許されない。
(一) 本件中継所は、これを利用してその各家庭等から排出されるし尿の処理・処分を行つている債務者及びその周辺の三木町、牟礼町、庵治町、香川町、香南町、塩江町、国分寺町、綾南町及び綾上町(以下、右の九町を一括して「周辺九町」という。)にとつて、必要不可欠の施設である。もしも本件中継所の操業が停止されると、債務者及び周辺九町におけるし尿の収集、処理等は完全に停滞し、各家庭等の便槽のし尿は数日中にあふれ出し、たちまちのうちに伝染病が発生する等の重大な事態に陥ることが確実である。
(二) 債務者としては、本件念書の趣旨に従い、本件中継所の廃止に向けて最大限の努力をした。しかるに、その努力にもかかわらず、本件中継所を半永久的に存続させるほかない事態になつたが、それは、まことにやむをえない事情によるものである。
(三) 本件中継所は、受忍限度を超える悪臭被害を発生させるものではないし、また、本件中継所の存在が債権者らの所有する土地の価格を下落させた事実もない。
(四) C地区は、もともと香川県と債務者が合同で工場用地造成を目的として埋め立てたものであり、実際にも工業専用地域であつて、住民地域からは隔絶した場所にあることや、債務者及び周辺九町からし尿を運搬し積み替える基地として地理的に極めて好条件の位置にあること等からみて、し尿処理中継所を設置するのにふさわしい場所といえる。
(五) 昭和五二年八月以降、債務者と債権者らの間で本件中継所の存続について交渉が行われ、それぞれが協定書案を作成、交付するなどして交渉が進められたが、正式協定成立直前になつて債権者らの方で積極的姿勢を示さなくなつたことから、この交渉は行われなくなつたけれども、債務者としては、その後も債権者ら側の協定書案記載の要望事項を誠心誠意実現し、本件中継所の存続についての債権者らの了解が得られるよう努力した結果、昭和五七年二月まで何事もなく経過した。それで、債務者は、債権者らの了解がおおむね得られたものと信じるに至つていたところ、債権者らは、債務者が昭和五七年三月五日本件中継所を永久に使用したい旨の申入れをしたのに対し、同月一九日、突如として本件中継所の撤去要求をなし、その後本件申請に及んだものである。
(六) C地区には、債権者らが同地区内の土地を取得し始めたのよりも前から、し尿の海洋投棄等を行うための中継所が別紙図面表示の三個の赤丸のうち中央の赤丸の所に存在していたのであるから、本件中継所による悪臭被害がたとえ若干あるとしても、それは、現にし尿中継基地が存在する場所の周辺に進出してきた債権者らが自ら招いたに等しいものである。
四 抗弁に対する認否
いずれも争う。
なお、債権者らがC地区に進出する前から、収集車から投棄船へのし尿の積み替え場所が別紙図面表示の三個の赤丸のうち中央の赤丸の所に存在していたことは認めるが、この施設につき、債権者らは、暫定的なものと理解し、さして気にかける必要もないと考えていたからこそ、近代的流通団地として売り出されたC地区に進出を果たしたのである。
第三証拠<略>
理由
一1 申請の理由1(一)(1)の事実中、債権者C地区協議会が、C地区の埋立地に進出する企業等により、同地区の利用開発、環境の整備をめぐる諸問題について会員企業を代表すること及び会員相互間の連絡調整を図ることを目的として、昭和四六年三月八日に結成された自治会組織であることは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、債権者C地区協議会は、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることが認められるので、同債権者は、民訴法四六条により、本件申請につき当事者能力を有するものということができる。
2 申請の理由1(一)の(2)、(4)及び(6)の事実中、別表(一)所有土地等一覧表の番号1ないし3、6、7、12ないし14及び18の欄に記載の各債権者が同表の「取得等の時期」欄記載の日にC地区所在の同表「土地」欄記載の土地を取得したこと、同表の番号8、10、11及び16の欄に記載の各債権者が同表の「取得等の時期」欄記載の時期以降C地区所在の同表「土地」欄記載の土地をその所有者である香川県から借り受けて占有していること及び同表の番号15の欄に記載の債権者が同表の「取得等の時期」欄記載の日にC地区に隣接して存在する土地である同表「土地」欄記載の土地を取得したことは、いずれも当事者間に争いがなく、申請の理由1(一)の(2)ないし(7)の事実のうち右争いのない事実を除くその余の事実については、<証拠略>により、これを認めることができる。
なお、<証拠略>によれば、右の各債権者が所有又は占有する土地の位置は、おおむね別紙図面に赤色の数字をもつて示したとおり(右数字は、別表(一)所有土地等一覧表の番号の数字に対応する。ただし、4及び9は、別紙図面には表示していない。)であることが認められる。
3 申請の理由1(二)の事実は、当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すると、本件中継所の設置に至る経緯等につき、次の事実を一応認めることができる。
(一) 債務者は、昭和二九年清掃法(昭和二九年法律第七二号)の施行に伴い、し尿処理を行うようになり、当初は、汲み取つたし尿を農村で肥料として使用することで処理できていたが、化学肥料の普及等によりこの方法のみでは処理し切れなくなつたため、昭和三七年五月一日から、高松市清掃業者連合会に委託して、日量約二四〇キロリツトルのし尿のうち約半量の一二〇キロリツトルを、瀬戸内海の播磨灘へ海洋投棄処分するようになつた。ちなみに、周辺九町も、高松市清掃業者連合会に、し尿の収集と海洋投棄を委託していた。
そのため、し尿を収集車から投棄船へ積み替える場所が必要となり、当初は、高松市朝日町四丁目東側海面(別紙図面表示の三個の赤丸のうち東側の赤丸の位置)で右積み替えが行われた。その後昭和四三年からは、香川県の指導により、C地区内の高松市朝日町五丁目五三九番地先海面(別紙図面表示の三個の赤丸のうち中央の赤丸の位置、以下「第二地点」という。)でし尿の積み替えが行われるようになり、同所の岸壁に一〇〇キロリツトル積みの木造貯留船が係留され、その操舵室が切り離されて陸上に据え付けられ、その中に貯留船を動かすウインチが置かれていた。
(二) 債務者は、右のようにし尿の海洋投棄を開始した昭和三七年ころ、し尿処理の抜本的対策として、亀水地区に一日あたり一〇〇キロリツトルのし尿処理能力を有する陸上処理施設を建設する計画を立て、以後これを推進した。この計画は、途中でこれに反対する地元住民の一部が債務者に対し訴訟(当庁昭和三八年(ワ)第一五四号事件)を提起するなど、一時は深刻な事態になりながらも結局実現し、右陸上処理施設として、昭和四三年一〇月一日センターが完成するに至つた。
ところで、右センターの完成に先立ち、当庁で昭和四一年三月三一日成立した右地元住民と債務者との間の調停で、センターへのし尿の搬入は、大型専用輸送車を使用すべきものと定められた。それで、債務者は、昭和四三年一〇月以降操業を始めたセンターへし尿を搬入するには、し尿を収集車から大型専用車へ積み替える必要に迫られたが、この業務も、前記海洋投棄のための積み替えと同一の場所で行われることとなつた。
(三) ところが、その後C地区(この土地は、港湾施設用地及び臨海工業等の用地とするため、香川県と債務者が共同で昭和三七年から昭和四四年にかけて埋立造成したものである。)内へ各企業が進出し、第二地点に近接した場所で大型フエリーの発着が始まるなど、周辺の状況が変化したため、悪臭を伴うし尿の積み替えは他の場所で行う必要が生じた。また、昭和四七年に海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律施行令が一部改正され、昭和四八年四月一日以降は瀬戸内海へのし尿投棄処分が禁止されることとなる一方、廃棄物処理施設整備緊急措置法(昭和四七年法律第九五号)の趣旨に基づき、早急にし尿陸上処理施設を建設する必要性が生じながらも、このようないわゆる嫌忌施設の建設は容易には実現できる見込みがなかつたので、債務者は当分の間し尿の一部を外洋に投棄することで対処せざるをえなかつた。ところで、外洋投棄処分を安定的に行うためには、ある程度のし尿貯留能力を有する中継所が必要となる。そこで、債務者は、香川県の指導を受けて、現在の位置(別紙図面表示の三個の赤丸のうち西側の赤丸の位置)に中継所を設置することとし、昭和四七年五月三一日、高松市清掃業者連合会が昭和四四年香川県からし尿の積み替え場所とする予定で借り受けていた土地(高松市朝日町五丁目五四七番、ただし、水深の問題や、漁業補償の問題があつたため、桟橋が作られただけで、積み替え場所として使用されていなかつた。)の所有権を香川県から取得する等した上で、昭和四八年三月ころ、本件中継所を完成させた。
本件中継所は、同年四月一日、操業を開始した。ところで、これより前同年一月五日広域市町村圏が設定されたことを契機として、債務者は、同年四月一日周辺九町との間で廃棄物処理事務委託協定を締結し、周辺九町のし尿も債務者が包括して処理処分することになつた。すなわち、債務者は、債務者と周辺九町のし尿及び浄化槽汚泥日量約二七〇キロリツトルを本件中継所に受け入れ、し尿に含まれているきよう雑物を粉砕除去する等の前処理をしたのち、三隻のし尿貯留船(貯留量合計一二〇〇キロリツトル)に貯留し、このうち日量一〇〇キロリツトルをセンターに搬入し、残りの一七〇キロリツトルに、センターで生ずる余剰汚泥日量約三〇キロリツトルを加えた二〇〇キロリツトルを外洋投棄処分して、現在に至つている。
(四) 債務者は、本件中継所完成後、し尿外洋投棄処分の廃止に向けて種々の努力をしたものの、これを実現できないでいたところ、昭和五三年に至り、亀水地区所在のセンターが建設後一〇年を経過し老朽化してきたこともあつて、すべてのし尿を陸上処理できるように同地区に日量三二〇キロリツトルの処理能力をもつ施設を建設する計画を立てた。以後、債務者は、これを実現するため地元住民の理解と協力を得るべく努力した結果、地元住民は、その要望事項を債務者が受け入れることを条件に、右陸上処理施設の建設に同意するという状況となるまでに至つた。その要望事項の一つとして、地元住民側は、陸上処理施設へのし尿の搬入はすべて海上輸送によるべきことを強硬に主張し、もし、債務者がこれを受け入れない場合には、右施設の建設は不可能となることが予想される事態となつた。
そこで、債務者は、他に適当な建設場所が見つからないことなどから、やむをえず地元住民の右要望を受け入れることとし、そのために必要となる海上輸送船へのし尿の積み替え基地として本件中継所を半永久的に存続させることを前提に、昭和五七年一二月四日、亀水地区の自治会との間で右陸上処理施設建設のための協定を結び、現在その建設工事を進めている。
二 そこで、被保全権利について検討する。
1 土地建物の所有権・占有権に基づく妨害排除請求権としての操業中止・施設撤去請求権(申請の理由2(一))について
(一) 債権者C地区協議会及び同高松港トラツク協同組合を除くその余の債権者らが、C地区又はその付近に存在する土地建物を所有又は占有して事業活動を行つていることは、前記一2のとおりであり、これらの土地建物がいずれも本件中継所から約六五〇メートル以内の至近距離にあること及び申請の理由2(一)の(2)(C地区における悪臭物質の排出規制基準等)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(二) <証拠略>を総合すると、本件中継所に比較的近接した場所では、本件中継所が操業を開始してから、気象条件(天候、風向き)によつては、建物の外にいるときとか、窓をあけているとき(特に夏場)に、はつきりとし尿と分るにおいがするようになり、この状況が現在まで継続していることが一応認められる。
しかしながら、C地区における悪臭物質の排出規制基準等が債権者ら主張のとおりであることは、前記(一)のとおり当事者間に争いがないところ、<証拠略>によれば、香川県公害研究センターが昭和五八年一月一三日及び同年八月五日に、それぞれ本件中継所において行つた悪臭物質の測定結果のうち、本件中継所(作業部門)の敷地境界線上における測定結果は、別表(三)に表示のとおりであることが認められる。一方、<証拠略>によれば、本件中継所においては、右両日とも平常どおり操業が行われていたことが一応認められる。これらの事実によれば、本件中継所から排出される悪臭物質の濃度は、その規制基準よりも相当低いものと推認することができる。
(三) ところで、本件中継所がし尿処理という行政上の責務を負担する地方公共団体たる債務者及び周辺九町にとつて必要不可欠な施設であることは、前記一3のとおりであるから、もしその操業が停止されると、債務者及び周辺九町の住民の生活にたちまち大混乱が生じることは、容易に推認される。また、C地区がもともと臨海工業等の用地として埋立造成されたものであることは、前記一3(三)のとおりであり、<証拠略>によると、C地区は、都市計画法上の用途地域として工業専用地域に指定されているほか、港湾法の臨港地域(工業港区)であることが認められる。更に、<証拠略>を総合すると、債務者は、本件中継所の建設当初から、その悪臭対策として、樹脂吸着プラス活性炭吸着方式の脱臭装置を備えていたが、昭和五三年には、より脱臭性能の高い直接燃焼式脱臭装置を設置するなど、本件中継所による悪臭被害の発生を低減ないし防止すべく設備改善等の施策を講じてきていることが認められ、今後とも債務者が右の被害発生の防止のための努力を継続することは、優に推認されるところである。
(四) 以上のような本件中継所による悪臭被害の態様・程度、本件中継所の公共性・重要性、C地区の地域性、債務者の被害防止の努力等の諸事情を総合考慮すると、前記悪臭被害は債権者らにおいて受忍すべき限度内であるというべきであり、これを覆して、本件中継所の操業により債権者らが受忍限度を超える悪臭被害を受けていることを認めるに足りる疎明はない。
なお、債権者らのうち、C地区又はその付近に土地を所有する者(別表(一)所有土地等一覧表の番号1ないし3、5ないし7、12ないし15及び18の欄に記載の各債権者)は、本件中継所が存在することにより、現にその所有土地の価格が著しく低下する被害も受けている旨主張する。確かに、右債権者らの所有土地のうち、本件中継所からごく近い位置にあるものについては、それが売買等のために評価される場合、し尿処理施設たる本件中継所が近くに存在するという理由で、これが存在しないと仮定したときよりも低く評価される可能性があることは、経験則上否定できないところであり、証人中島和明の証言及びこれにより成立を認める疎甲第一〇五号証によれば、不動産鑑定士である中島和明は、本件中継所周辺の土地の市場価格は、本件中継所が存在しないものと仮定した場合のそれに対して、本件中継所を中心に半径一〇〇メートル以内のもので三〇パーセント、半径二〇〇メートル以内のもので一五パーセント、また、本件中継所へ往来するバキユームカーの経路の両側幅三〇メートルの部分で一〇パーセント、それぞれ下落するものと判断し、その旨の調査報告書(<証拠略>)を作成していることが認められる。しかし、他方、<証拠略>によれば、不動産鑑定士である名渕薫は、高松市では西又は西寄りの風が多いところ、本件中継所は近隣地域の東端に存在するほか、本件中継所には前記脱臭装置が設置されているので、その悪臭被害の程度は小さいこと、C地区は工業専用地域で常住人口が少なく、また、流通業務団地を形成しているため、標準的画地規模が大きく勤務者も少ないことから、本件中継所の存在がその近隣地域の地価に及ぼす影響は、極めて小さいものと判断していることが認められる。このように本件中継所の周辺土地の価格につき専門家の不動産鑑定士の意見が分れているところ、証人中島和明の証言及び疎甲第一〇五号証は、首肯するに足る根拠が示されていないので、たやすく採用し難い。他に前記債権者らの主張事実を裏付けるに足りる疎明はない。
(五) 以上のとおりであるから、申請の理由2(一)は採用できない。
2 念書(契約)に基づく操業中止・施設撤去請求権(申請の理由2(二))について
(一) 申請の理由2(二)の(1)(本件念書が差し入れられたこと等)の事実は、当事者間に争いがない。
(二) ところで、債権者らの右請求権の主張は、本件念書に契約としての法的拘束力があることを前提とするものであるので、まず、この点について検討する。
<証拠略>を総合すると、本件念書の作成・交付に至る経緯等につき、次の事実を一応認めることができる。
(1) 債務者において本件中継所を建設する計画を立てていた昭和四六年一二月、債権者C地区協議会及び当時その会員であつた全企業は、債務者代表者市長脇信男あてに、右建設計画が実施されるとC地区の環境が悪化すること等を理由に右計画には反対する旨の陳情書を提出した。
これに対し、当時債務者のし尿処理担当部局であつた衛生部(現在は環境部)においては、C地区内には右会員企業らが同地区に進出する以前からもともとし尿の積み替え業務を行う施設があつたのであり、その施設設置の場所をC地区内で従前の位置(第二地点)から本件中継所の位置に移すということには、第二地点に近接した場所でフエリーの航行事業を始めた会員企業等に対する行政的配慮も含まれていたので、右陳情には納得し難いという意見であつた。しかし、債務者としては、右陳情を無視するわけにはいかなかつたため、とりあえず、債権者C地区協議会会長の加藤達雄と私的な面でじつ懇な間柄にあつた久保田助役が、脇市長の命により、問題の収拾に当たることになつた。
(2) 久保田助役は、加藤会長と三、四回会談し、本件念書と同趣旨の話をして、C地区協議会会員の本件中継所建設についての了解をとりつけてくれるよう要望したところ、加藤会長もこれを了承し、昭和四七年一一月ころまでの間に、会員を説得して右了解をとりつけるに至つた。
そこで、久保田助役は、当時債務者の衛生部長であつた佐々木正行に対し、加藤会長との間で話がついたことを告げるとともに、同会長に渡すべき念書を作成するよう指示した。右念書の起案には、佐々木部長の部下で当時債務者の衛生管理課課長補佐の職にあつた秋山年広が当たつた。
(3) 秋山課長補佐が右念書の起案をするにあたり、佐々木部長から念書の記載内容として特に指示されたのは、第一には、債務者が本件中継所を設置して使用するということであり、第二には、債務者としては、本件中継所の使用を廃止できるようにするため、し尿陸上処理施設の建設に向けて最大限の努力をするということであつた。
ところで、秋山課長補佐の起案により作成されるに至つたのが本件念書であるところ(右起案は、その決裁過程において全く訂正されなかつた。)、同人が本件念書の中段において「三年を目途に……」と記載したのは、その期間内にし尿陸上処理施設を建設するということが債務者の行政上の努力目標であることを示すためであつた。また、同人が右の期間を三年としたのは、廃棄物処理施設整備緊急措置法に三年という整備事業実施の目標期間が設定されていたこと、当時香川県と和歌山県との間で締結される予定になつていたし尿外洋投棄に関する協定の期間が三年になる見込みであつたことによるものであつて、現実に三年内にし尿陸上処理施設を建設できるめどがあつたからではなく、むしろ、当時債務者においては、右施設建設についての具体的計画は何もなかつたのが実情であつた。更に、秋山課長補佐が本件念書中段の最後の部分で「(本件)中継所施設の使用は、この期間であ」る旨記載した趣旨は、本件中継所の使用期間は右陸上処理施設ができるまでの期間であるということであつて、廃棄物処理施設整備緊急措置法が公布された昭和四七年六月又は本件念書の作成時期である同年一一月から起算して三年後には本件中継所の使用を廃止するという趣旨では全くなく、これを要するに、本件念書の中段は、佐々木部長が念書の内容として指示した第二点、すなわち、債務者がし尿陸上処理施設の建設、本件中継所の使用廃止に向けて最大限の努力をする旨の決意を表明する趣旨のものとして、起案・作成されたものであつた。
(4) 久保田助役は、秋山課長補佐のした起案につき何らの訂正をすることなくこれを決裁した。また、本件念書の作成に至るまでの間において、脇市長や佐々木衛生部長が加藤会長と会談するなどした事実はなく、脇市長及び佐々木衛生部長以下債務者のし尿処理担当者が、本件念書の内容等につき、会議を開催する等して協議した事実もなかつた。
ところで、本件念書は、その作成日となつている昭和四七年一一月一八日ころ加藤会長に交付されたが、同会長は、本件念書に「三年を目途に……」と記載されていることにつき、「目途」とあるのは、債務者の努力目標ということを意味するものであり、それが三年となつているということは、四年も五年もにはならないということであると理解していた。また、本件中継所に隣接する土地の所有者である債権者小川耐火煉瓦工業所に対しては、宛名を除くほか本件念書と全く同文の念書がそのころ交付されたが、同債権者の関係者が、右交付前に念書の内容を説明する等のため同債権者を訪れた債務者の係官に対し、本件中継所の使用期限と、その後に本件中継所が移転する先を明確にするよう要求したところ、右係官は、前者の点については、三年を目途にということは五年や六年にはならないということである旨述べ、後者の点については特に返答しなかつた。
(5) その後、債権者C地区協議会は、債務者に対し、昭和四九年一二月五日付けの文書をもつて、本件念書に従い昭和五〇年六月には本件中継所を撤去するよう事前の催告をしたが、これに対し債務者は、昭和四九年一二月一一日付けの文書をもつて、債務者としてはし尿陸上処理施設建設の見通しを立てるべく努力している旨の回答をした(もつとも、右回答文書は、債権者C地区協議会によつて受け取りを拒否された。)。
また、債権者C地区協議会及びその会員企業は、債務者に対し、昭和五二年七月二七日付けの文書をもつて、本件中継所の撤去要求をなし、その使用中止並びに撤去の具体的な期日を回答するよう求めたが、これに対し債務者は、昭和五二年八月二二日付けの文書で、本件中継所の使用を続行しなければならない事情にあることを訴えて協力を要請するのみで、右の具体的期日の点については明確な回答をしなかつた。
そのほか、債権者C地区協議会と債務者は、昭和五二年一〇月から昭和五四年一月にかけて、本件念書に代わるべき協定書の締結について交渉を行つたが、その際債務者は、右協定書の第一次案として、昭和五五年一〇月三一日までに本件中継所を撤去するよう努力する旨の条項を含む案を提示するなど、債務者としては、本件念書は債務者の行政上の努力目標を述べたものにすぎないとする立場を一貫してとり続けていた(ちなみに、右交渉の際に債務者が提示した第二次案には、右同日までに本件中継所を撤去する旨定めた条項が含まれていたが、同条項には、期限までに撤去できないときは協議の上延長できるものとする但書がついていた。)。
そして、その後も債権者C地区協議会及びその会員企業は、昭和五五年から同債権者の総会に出席するようになつた債務者の係官を通じる等して、債務者に対し本件中継所の早期撤去を求めてはいたが、債務者がその方向で努力しているとの姿勢を示していけこともあつて、昭和五七年二月までは、特に強磁に右撤去を要求する動きには出なかつた。
(三) 以上認定の事実に基づいて考える。
本件念書は、その表題が「念書」となつていて、相手方の記名捺印はなく、その中に本件中継所の撤去等について債務者を義務づけたり、債務者がこれを確約する文言は用いられていない(ちなみに、地方自治法二三四条五項は、普通地方公共団体が契約につき契約書を作成する場合には、当該普通地方公共団体の長又はその委任を受けた者が契約の相手方とともに契約書に記名押印しなければ、当該契約は、確定しないものと定めている。)。また、本件念書に言及されている陸上処理施設建設に関する当時の客観情勢に照らしても、債務者が三年後に右撤去等を行う旨の確約をなしうる状況にはなかつた。更に、本件念書に契約としての法的拘束力があるとすると、その実施計画の立案につき、債務者内部において慎重な協議を要すると考えられるのに、本件念書は、それを経ることなく作成されたものである。これらの諸点に、前認定のとおりの本件念書交付後における事実関係を合わせ考えると、本件念書は、債務者が本件中継所の使用廃止・撤去に向けて行政上最大限の努力をする旨の決意を表明した文書にすぎないものと認めるのが相当であり、この認定を覆して、債務者が本件中継所の使用廃止・撤去につき債権者らに法的義務を負担する契約が成立したとする債権者らの主張事実を肯認するに足りる疎明はない(もつとも、<証拠略>によれば、債務者が債権者C地区協議会に交付した昭和五七年四月一九日付け及び同年一二月一一日付けの各文書中には、債務者が本件中継所の使用を継続していることが本件念書における「約束」に「違背」するとしてこれを陳謝する旨の記載の存することが認められるけれども、その記載は、債務者の前記の行政上の努力が必ずしも十分でなかつたことを陳謝する趣旨のものにとどまると解されるから、右記載の存在も前記認定を左右するに足るものではない。)。
(四) したがつて、申請の理由2(二)も採用することができない。
三 そうすると、本件申請は、被保全権利の疎明がないことに帰するところ、事案の性質上、疎明に代わる保証を立てさせてこれを認容することは相当でない。したがつて、保全の必要性について判断するまでもなく、本件申請をいずれも失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邊貢 水島和男 小田幸生)
別表(一) 所有土地等一覧表
番号
債権者
取得等の時期
(昭和)
土地(高松市朝日町5丁目)
建物
加入時期
(昭和)
1
四国トラツクターミナル株式会社
45年3月12日
538番1,2,3,4,5
事務所、荷扱場、倉庫等
46年3月8日
2
高松貨物運送事業協同組合
45年2月10日
550番1,2
事務所、車庫、倉庫
同上
3
共栄運輸事業協同組合
45年2月10日
543番1,2,3,4,5
事務所兼ガソリンスタンド
同上
4
高松港トラツク協同組合
――
――
――
同上
5
湊海運株式会社
56年11月27日
544番1
事務所、修理工場
56年9月
6
四国カーペツトセンター協同組合
45年9月8日
558番
事務所、倉庫、作業所
46年3月8日
7
高松臨港倉庫株式会社
45年2月10日
540番
倉庫
同上
8
加藤汽船株式会社
45年ころ
536番の一部(住居表示による高松市朝日町5丁目12番に相当する部分)
事務所、待合所兼発券所
同上
9
高松商運株式会社
――
――
――
57年12月ころ
10
四国フエリー株式会社
45年ころ
536番の一部(住居表示による高松市朝日町5丁目11番に相当する部分)
発券所等
46年3月8日
11
瀬戸内海砂利協同組合
48年
536番の一部(住居表示による高松市朝日町5丁目13番に相当する部分)
事務所
同上
12
株式会社小川耐火煉瓦工業所
46年2月15日
546番1,2,3
事務所、倉庫
同上
13
香川県乗用自動車協同組合
46年5月4日
554番3
事務所
46年12月ころ
14
香川メイゾン事業協同組合
46年9月27日
555番1,2
事務所、倉庫、作業所、車庫
48年ころ
15
野田産業株式会社
39年9月14日
532番1,18,19
事務所、工場、倉庫
46年末
16
加藤海運株式会社
50年5月ころ
539番の一部(住居表示による高松市朝日町5丁目7番に相当する部分)
事務所、倉庫、荷扱所
50年5月ころ
17
高松帝酸株式会社
――
535番2
事務所、工場、倉庫等
52年5月ころ
18
香川県酒類卸協同組合
52年10月27日
556番1,2,557番2,3
事務所、倉庫
53年4月ころ
別表(二) (図は<略>)
六段階臭気強度表示
臭気強度
内容
0
無臭
1
やつと感知できるにおい(検知閾値濃度)
2
なんのにおいであるかわかる弱いにおい(認知閾値濃度)
3
楽に感知できるにおい
4
強いにおい
5
強度なにおい
念書
このたび海洋汚染防止法施行令の一部改正により、本市のし尿処理は、昭和48年4月1日以降は外洋において投棄処分せざるを得なくなりました。このため市内朝日町C地区に中継所を設け、積換基地としますが、これは暫定的措置であります。
本市では、昭和47年6月公布の廃棄物処理施設整備緊急措置法の趣旨に添つて、3年を目途に陸上処理施設を建設する計画であり、中継所施設の使用は、この期間であります。
なお、中継所に悪臭防止のため、脱臭装置を設備し、附近の環境保全に万全を期するとともに、万一悪臭により迷惑をおよぼしたときは、責任をもつて速かに解決いたしますので、ご了承ください。
昭和47年11月18日
朝日町C地区連絡協議会
会長 加藤達雄 殿
高松市長 脇信男
別表(三)
測定結果表
物質名
C地区の規制基準
(ppm)
測定結果
(S58年1月13日)
二箇所(ppm)
測定結果
(S58年8月5日)
二箇所(ppm)
アンモニア
5
いずれも0.1以下
いずれも0.1以下
メチルメルカブタン
0.010
いずれも0.0004以下
0.0009
0.0005
硫化水素
0.20
いずれも0.0007以下
0.0044
0.0011
硫化メチル
0.20
いずれも0.0003以下
0.0006
0.0005
トリメチルアミン
0.0070
いずれも0.003以下
いずれも0.003以下
二硫化メチル
0.1
いずれも0.0003以下
いずれも0.0003以下